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摩利支天の風~若き日の北条幻庵

小田原北条家の長老と呼ばれた北条幻庵の若き日の物語です。

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3.箱根権現

3.箱根権現

 

 

 七歳になった正月、菊寿丸の生活に変化が起こった。早く、ここから出たいとは思っていたが、それはあまりにも早過ぎた。

 母親や兄弟と別れなければならない。一番辛いのは侍女の七重との別れだった。両親や兄弟と別れる事はあっても、七重だけはいつも側にいてくれるものと思い込んでいた。ところが、七重とも別れなければならないという。

 菊寿丸は七重が一緒じゃないと嫌だと駄々をこねた。

「お前はこれまで七重を困らせて来た。これ以上、七重を困らせるつもりか。七重はお前のお陰で、嫁にも行けないんじゃ。お前はわしの伜じゃ。将来、人の上に立つ人間じゃ。自分の事ばかり考えてはいかん。七重の事も考えてやれ」

 父親はそう言った。今まで父親らしい事など言った事なかった父親が、初めて菊寿丸を叱った言葉だった。菊寿丸は泣きながら父親にうなづき、目に涙を溜めていた七重と別れた。

 父親と山伏姿の風摩小太郎に連れて行かれた所は山の中の綺麗な湖の側にある箱根権現(ごんげん)だった。大勢の人がお参りに来ていて賑やかな所だった。鬼のような山伏も大勢いた。

 菊寿丸は箱根権現の別当(べっとう)である金剛王院(こんごうおういん)という寺に入れられた。

「ここで学問を学び、偉い僧侶になるんじゃ」と父親は言った。

「学問だけじゃない。武芸もしっかりと身に付けろ」と小太郎は言った。

「たった一人で?」と菊寿丸は不安そうに聞いた。

「一人じゃない。お前と同じ位の子供が大勢いる。心配するな」

「いつまで、ここにいるの」

「それはお前次第じゃ。一生懸命に修行に励めば、早く出られる」

「早くって?」

「五年かのう」

「五年も?」

「五年なんて、すぐじゃ」と父親は言ったが、まだ七歳の菊寿丸には五年という月日はずっとずっと先のように思えた。

「今度、いつ来てくれるの」

「来月、また来る。わしが来られなくても、月に一度は誰かを来させるから心配するな」

「七重も来るの」

「うむ、そうじゃな。七重も母上と一緒に来させよう」

 二人が帰ると海実(かいじつ)僧正(そうじょう)のもとでの厳しい喝食(かっしき)生活が始まった。

 喝食とは稚児(ちご)とも呼ばれ、僧侶の世話や雑用などをしながら、読み書きを習う出家(しゅっけ)前の子供たちである。箱根権現内には多くの寺院があり、それぞれの寺院には必ず喝食がいた。中には食い扶持(ぶち)に困って、口減らしのために入れられた子供もいるが、菊寿丸の入った金剛王院には、そんな子供はいない。金剛王院は箱根権現の別当寺院として全山を支配しているため、そこに入る子供たちは、皆、相模(さがみ、神奈川県)国内の有力者の子供たちだった。

 金剛王院の住職、つまり、箱根権現の支配者は海実僧正で、彼はかつて西相模一帯を支配していた大森氏の一族である。

 大森氏は菊寿丸の父親、伊勢早雲によって滅ぼされ、西相模は伊勢氏の勢力範囲となっていた。当然、海実僧正は菊寿丸の存在を快く思ってはいなかった。幸い、菊寿丸と同じ頃、金剛王院に入って来た子供たちは皆、伊勢氏の被官(ひかん)となった者たちの子供なので、菊寿丸の事を悪く言う者はいなかった。

 菊寿丸は海実僧正の一族が、父親のために滅ぼされたという事は当然、知らない。時折、僧正が菊寿丸を冷たい目付きで見る事があっても、まったく気にせずに仲間たちと共に楽しく暮らしていた。





 三年が過ぎた。菊寿丸は十歳になっていた。

 初めの頃は寂しくて、おとなしかった菊寿丸も半年経った頃より本領を発揮し始めた。

 一年経った頃にはガキ大将となって、先輩や僧侶たちを困らせていた。困らせるといっても八歳の子供のやる事で、たわいもないいたずらだったが、菊寿丸の名前は山中に知れ渡って行った。

 十歳になった時、菊寿丸の前に見知らぬ山伏が現れた。

「わしは摩利支天(まりしてん)の使いじゃ。お前に武芸を教えるためにやって来た」と山伏は気味の悪い声で言った。

 箱根権現には山伏たちが修行する武術道場があった。戦の絶えない世の中となったため武術道場は栄えていた。山伏だけでなく、各地から集まって来た武士たちも修行に励んでいる。菊寿丸は風雷坊(ふうらいぼう)と名乗る山伏を師匠として剣術の修行を始めた。菊寿丸だけでなく、稚児たちの多くが知り合いの山伏に付いて武術の修行を始めていた。

 風雷坊の教え方は厳しかったが、菊寿丸はなにくそと耐えた。毎日、アザだらけになりながらも誰よりも強くなりたいと厳しい修行に耐えていた。

 その頃の菊寿丸の仲間に牛王丸(うしおうまる)、金時丸(きんときまる)、鶴若丸(つるわかまる)という三人がいた。彼らの父親は相模の国の豪族で皆、菊寿丸の父親の被官となっていたが、子供たちには関係なく、四人は何をするのも一緒だった。剣術の修行も共に風雷坊のもとで励んでいた。この四人が金剛王院の稚児たちを率いて、他の僧院の稚児たちを相手に喧嘩をしていた。

 菊寿丸が入るまでの金剛王院の稚児たちは、他の僧院の稚児たちに馬鹿にされていた。なよなよしている青瓢箪(あおびょうたん)と呼ばれていた。皆、有力者の伜で大きな屋敷で大切に育てられたため、おとなしい子供が多かった。また、将来、一族の菩提寺(ぼだいじ)の住職になるために入れられた者も多く、彼らはただひたすら勉学に励んでいた。

 稚児といえば男色(なんしょく)の対象ともなり、金剛王院の稚児が最も人気があった。ただ可愛いというだけでなく、彼らの親に財力があったからである。僧侶たちは金剛王院の稚児を男色の対象として可愛がり、昇進を速めてやる見返りとして親から金銭を引き出していた。ところが、菊寿丸が金剛王院に入ってから金剛王院の稚児たちは変わった。毎日のように菊寿丸らに率いられて他の僧院の稚児たちと喧嘩をして、顔は真っ黒、あちこちに傷やアザを作り、とても男色の対象にはならなかった。

 僧侶たちも困り果て、騒ぎが起こる度に菊寿丸ら四人を叱るが、彼らを追い出すわけには行かなかった。四人の親たちは箱根権現にとって大切な壇家(だんか)だった。僧侶たちは子供のする事だと放って置くしかなかった。

 稚児は十五歳前後で出家して正式な僧侶となるか山伏となる。菊寿丸らが暴れても、年上の稚児たちにはかなわなかった。かなわないと分かっていても菊寿丸は年上の稚児たちにも反抗して行った。

 そんな頃、菊寿丸は智行院(ちぎょういん)海順(かいじゅん)という若い僧侶を知った。噂では海実僧正の甥で、別当職(べっとうしき)を継ぐために京の都で三年間の修行を積んで来たという。いつも、大勢の山伏を引き連れて、偉そうな顔をして歩いていた。そして、いつも、菊寿丸を馬鹿にしたような目付きで見ていた。どうして、そんな目付きで見るのか分からなかったが、菊寿丸は気にいらない奴だと思っていた。気にいらないと思っても相手は大人、十歳の菊寿丸にはどうする事もできなかった。

 海順という僧侶が帰って来てから菊寿丸の回りで異変が起こるようになった。夜中にふと目をさますと変な物音がして、人の呻(うめ)き声が聞こえたり、山の中を歩いていると誰かにつけられているような気がしたり、突然、上から物が落ちて来たり、不思議な事が続けざまに起こっていた。

 菊寿丸は心配になって風雷坊に相談した。風雷坊は小さな摩利支天像をお守りとしてくれ、身を守るための呪文(じゅもん)を教えてくれた。その後も菊寿丸の回りでは不思議な事が起こったが、摩利支天の呪文のお陰で身に危険が迫る事はなかった。

 

 

 


 十二歳になった頃には、菊寿丸は稚児たちすべてを取り仕切るようになっていた。稚児たち全員が菊寿丸、牛王丸、金時丸、鶴若丸の四人に逆らわなくなると、彼らの喧嘩相手は山伏の修行者へと移って行った。

 八月の末、大森信濃守(しなののかみ)藤頼の七回忌の法要が盛大に行なわれた。法要が無事に済んだ後、騒ぎは起こった。

 稚児の一人が福寿院の山伏に乱暴され、菊寿丸らは福寿院に押し込んだ。ほとんどの山伏は法要の後片付けをしていたため、福寿院には二人の山伏しかいなかった。その二人が稚児を襲った山伏なのか分からなかったが、菊寿丸らは見せしめだと言って、石つぶてを投げ付け、二人を倒した。

 稚児同士での喧嘩騒ぎには黙っていた海実僧正も、稚児が山伏を相手に喧嘩を始めたら黙っているわけにもいかなくなった。

 菊寿丸は海実僧正に呼ばれた。僧正と二人だけで会うのは初めてだった。僧正の部屋に行くと僧正は静かに書物を読んでいた。挨拶をして部屋に入ったのに僧正は返事もせずに書物に熱中していた。

 菊寿丸は僧正の背中を見つめながら怒鳴られる事を覚悟した。

「菊寿丸」と僧正は背中を向けたまま静かな声で言った。「また、騒ぎを起こしたようじゃな。福寿院の山伏二人が大怪我をしたそうじゃな」

「向こうが悪いのです」と菊寿丸は言った。

「向こうが悪くて、お前が正しいのか」

 僧正は書物を閉じると菊寿丸の方に体を向けた。怒鳴り声が飛んで来るものと思っていたのに、意外にも僧正の顔は穏やかだった。

「向こうが悪くて、お前が正しいのか」と僧正はもう一度聞いた。

「はい」と菊寿丸は力強くうなづいた。

「ふん、親が親なら子も子じゃのう」

「親は関係ありません」

「そうはいかん。お前の親が伊勢早雲だから、お前は今までここにいる事ができたんじゃ。お前の親が名もない者だったら、一年も経たないうちに追い出された事じゃろう」

「本当ですか」

「本音を言えば、わしはお前をここから追い出したいと思っておる‥‥しかし、それはできん。残念ながら、この箱根のお山はお前の親父には逆らう事はできんのじゃ」

「どうしてです」

「以前、この辺り一帯を支配していたのは大森氏じゃった。お前は大森氏というのを知っているか」

「いいえ」

「知らんじゃろうのう。大森氏は小田原の城主だったんじゃ」

「小田原城には兄上がいます」

「今はのう‥‥大森氏はお前の親父に騙し討ちにあって滅ぼされたんじゃ」

「そんなの嘘です」

「嘘じゃない、九年前の事じゃ。お前の親父は小田原城主、大森信濃守の家老を手なづけて内応させ、城を乗っ取ってしまったんじゃ」

「嘘だ。父上はそんな事はしない」

「信じたくなければ信じなくてもいい。しかし、事実を曲げる事はできん。お前の親父は大森氏を滅ぼしただけではない。伊豆の堀越(ほりごえ)におられた公方(くぼう)様も滅ぼしたんじゃ」

「嘘だ!嘘だ!」

「お前の親父は二十年前は、ただの浪人じゃった。それが今川家の内訌を利用して興国寺城主となり、公方様を殺して、伊豆の国を乗っ取った。伊豆の国だけでは我慢できず、今度は相模の国を狙い、大森氏を滅ぼし、相模の半分を手に入れた。今頃は三浦氏を滅ぼして相模の国すべてを手に入れる事をたくらんでいるはずじゃ‥‥お前の親父はたったの二十年足らずで、浪人の身から伊豆、相模半国を手に入れた。あくどい事をして来たに違いない。わしから見れば、お前の親父は極悪人じゃ」

「違う、父上は極悪人なんかじゃない」

「よく聞け。明応三年(一四九四)の八月二十六日、小田原城主の大森寄栖庵(きせいあん)が亡くなった。同じ年の九月二十三日に新井城の三浦介(みうらのすけ)が養子の道寸(どうすん)に殺された。そして、十月五日には扇谷(おうぎがやつ)上杉修理大夫(しゅりだゆう)が陣中にて亡くなった。相模の国の有力者三人がわずか一月半の間に次々と亡くなっている。おかしいとは思わんか」

 菊寿丸は黙っていた。

 僧正は話を続けた。「まず、小田原の寄栖庵じゃが、突然、亡くなった。わしは何者かに暗殺されたに違いないと思っておる」

「父上がやったというのですか」

「分からん。しかし、わしはそうに違いないと思っておる。次に三浦介じゃが、これは暗殺ではなく養子の道寸に殺された。三浦介は道寸を養子に迎えたが、晩年になって跡継ぎが生まれて道寸が邪魔になった。道寸は身の危険を感じ、小田原に逃げて出家してしまった。しかし、家臣たちの中には道寸を支持する者も多く、大森氏の支援もあって、三浦介を倒す決心をした。道寸の母親は寄栖庵の娘だったんじゃよ。ところが、三浦介を倒す前に寄栖庵は亡くなってしまった。そこに顔を出したのがお前の親父じゃ。お前の親父は道寸を助けると称して、作戦を練るために何度も小田原城を訪れた。わしの所にも来た。道寸のために力を貸してくれと言ってのう。わしは喜んで引き受けた。その時、わしは初めて、お前の親父に会った。その時はなかなかの人物じゃと思った。その時はじゃ‥‥お前の親父は伊豆の水軍を率いて新井城攻撃に加わり、道寸は見事に養父三浦介を倒して自ら三浦介を名乗った‥‥次に扇谷上杉修理大夫じゃが、この人は相模の国の守護(しゅご)じゃ。分かり易く言えば相模の国の領主といってもいい。大森氏も三浦氏も修理大夫の重臣だったんじゃよ。伊豆の国を乗っ取ったお前の親父は修理大夫の味方をして、関東管領(かんれい)である山内(やまのうち)上杉氏と戦っていた。明応三年の九月二十三日、お前の親父は三浦道寸の勝利を確認すると武蔵の国に出陣した。五日後の二十八日、武蔵の国にて修理大夫と密談を交わした後、修理大夫と共に管領を倒すべく高見ケ原(埼玉県比企郡小川町)に進軍した。荒川を挟んで山内上杉氏の軍と対陣したが、なんと、修理大夫が合戦の始まる寸前に急死してしまったんじゃ。落馬が原因で死んだと言われておるが、どうして落馬したのか、はっきりした事は分からん」

「父上が殺したと言いたいのですか」

「お前の親父が直接、手を下したわけではあるまいがのう。まあ、とにかく修理大夫は死んだ。相模侵攻をたくらんでいたお前の親父にとって邪魔者が一遍に三人いなくなったわけじゃ。修理大夫が亡くなると関東の情勢が変わった。今まで古河の公方様は修理大夫の味方として山内上杉氏と戦っていたが、扇谷上杉氏に付いていても不利と察して、山内上杉氏に寝返ったんじゃ。修理大夫の跡を継いだ五郎はまだ若い。公方様に裏切られて、仕方なく、お前の親父を頼る事となった。お前の親父は扇谷上杉氏の重臣にでもなったつもりで、糟屋(かすや、伊勢原市)のお屋形にいる五郎のもとに出入りし、また、小田原城にも出入りした。小田原の大森信濃守は愚か者で、まんまとお前の親父に丸め込まれて、一年近く経った頃、城を奪われたというわけじゃ。信濃守は五郎に訴えたが、どうにもならなかった。五郎にしてみれば、お前の親父を敵に回す事はできなかったんじゃ。敵に回せば、お前の親父は山内上杉氏と結ぶに決まっている。そうなれば、四方を敵に囲まれ、扇谷上杉氏は滅びてしまう。大森信濃守は泣寝入りじゃ‥‥情けない事に大森信濃守は、わしの兄上じゃ」

「えっ、僧正様の‥‥」

「そうじゃ。お前の親父に城を乗っ取られたのはわしの兄上じゃ‥‥その兄上も小田原城に戻る事なく亡くなられてしまったわ」

「‥‥」

「分かったか、お前の親父がどれ程の極悪人じゃか‥‥お前のような極悪人の子はさっさとお山から追放したいんじゃ‥‥しかし、くやしいがそれはできん‥‥お前が性悪(しょうわる)なのは生れつきじゃから、今更、何を言っても治まるまいのう‥‥もういい、さっさと、わしの前から消えてくれ」

 菊寿丸は両手を強く握り締め、歯を食いしばって僧正を睨んでいたが、急に頭を下げると部屋から飛び出して行った。

 

 

 


 日が暮れて、薄暗くなった境内を菊寿丸は走っていた。大鳥居をくぐり抜け、参道をまっしぐらに下りて行った。

 流れて落ちる涙を拭きながら、「嘘だ!嘘だ!」と何度もつぶやいていた。

 宿坊の建ち並ぶ門前の雑踏をかい潜り、湖を横に見ながら韮山(にらやま)へと続く街道を夢中で走り続けた。

 湖畔沿いの道から山中に入ると、辺りは急に暗くなった。何回か往復した事のある道だったが、暗くなってから通るのは初めてだった。途中で迷い、道が山奥でなくなってしまった。

 空を見上げても、樹木に邪魔されて星も見えない。道を引き返しても、街道らしい道に戻る事はできなかった。

 疲れ果て、夜が明けるのを待とうと菊寿丸は草の上に寝そべった。

「俺の親父は極悪人だったのか‥‥」

 海実僧正が言った言葉が頭の中をグルグルと巡っていた。

 突然、樹木がざわめき、木の上から中かが落ちて来た。猿かと思い、菊寿丸は身を引いて、持っていた杖を構えた。

 落ちて来たのは見知らぬ山伏だった。首から血を流して死んでいた。驚きのあまり、その場から逃げ出した。すると、今度は目の前に、また、何かが落ちて来た。菊寿丸は悲鳴を上げて後ろに倒れた。

「大丈夫だ、安心しろ」と声がした。

 落ちて来たのは菊寿丸の武術の師匠、風雷坊だった。菊寿丸は泣きながら風雷坊にしがみついた。

 興奮が治まり、菊寿丸は山伏の死体の方を指差した。すでに死体はなかった。涙で見えないのかと目をこすって、もう一度、見たが、やはり何もなかった。

「上から死体が落ちて来たんです」

 風雷坊はうなづくと、「心配いらん。死体は片付けた」と言った。

「誰が片付けたんです。誰もいないじゃないですか」

「わしの仲間じゃ」

「仲間?」

「うむ。風摩党(ふうまとう)の者じゃ」

「風摩党?」

「風の摩利支天じゃ。摩利支天というのは自らの姿を隠して人々を守って下さる仏様じゃ。お前も風摩小太郎殿を知っているな。あの方がお頭じゃ。小太郎殿は早雲殿を裏で助けていたんじゃよ‥‥その小太郎殿も二年前にお亡くなりになり、今は御子息が二代目をお継ぎになった」

「あの小太郎が死んだのか、知らなかった」

「七十一歳の大往生だったわ。今は愛洲太郎左衛門殿が二代目小太郎殿の後見役として早雲殿を助けている」

「愛洲太郎左衛門とは何者なんです」

「初代小太郎殿の一番弟子じゃ。陰流(かげりゅう)という武術を編み出した武芸者じゃ。初代小太郎殿は関東にやって来た時、愛洲殿の弟子たちを引き連れてやって来た。わしは愛洲殿の孫弟子というわけじゃな」

「へえ、あの人が‥‥ところで、さっきの死体は何者なんです」

「あれは戒円坊(かいえんぼう)という智行院の山伏じゃ。お前の命を狙っていたんじゃよ」

「えっ、俺の命を?」

 風雷坊はうなづいた。

「どうして、俺の命なんか狙うんです」

「智行院には海順という僧がいる。奴は僧正の甥で、僧正の跡を継いで別当になるために京都に修行に行った。ところが、帰って来るとお前が稚児として金剛王院にいた。海順は別当職をお前に奪われると思い、お前の命を狙っていたんじゃよ」

「そうだったのか‥‥海順は知っている。嫌な奴だと思っていた」

「お前の命を狙っているのは海順だけじゃない。法妙坊(ほうみょうぼう)という山伏も狙っている。法妙坊は僧正の弟じゃ。三人の子供があって、三人共、山伏になっている。さっき死んだ戒円坊は法妙坊の三男じゃ。戒円坊がやられた事を知ったら、法妙坊の奴、本気でお前にかかって来るじゃろう。気を付ける事じゃ」

「法妙坊か‥‥」

「ところで、どうして逃げ出したんじゃ」

「逃げてません」

「どこに行くつもりじゃった」

「韮山です。父上に聞く事があったんです」

「僧正に何か言われたんじゃな」

「はい。父上は小田原城を乗っ取った悪人だと言いました」

「悪人か‥‥」

「僧正様が言った事は本当なのですか」

「うむ‥‥話してやろう。その前に枯木を集めろ。夜は冷えるぞ」

 菊寿丸は焚火越しに風雷坊の顔を見つめていた。風雷坊を眺めながら、今回だけじゃなく、今まで、ずっと、陰ながら自分を守ってくれていた風雷坊に菊寿丸は感謝していた。それにしても風雷坊がいう風摩党というものが、どんなものなのか興味がわいて来た。

「お前の父上、早雲殿は確かに小田原城を大森氏から奪い取った。大森一族の僧正から見れば早雲殿は悪人に違いない。しかし、善か悪かは見方によって、まったく違ってしまうものなんじゃよ。早雲殿は小田原城を奪い、相模の国半分を平定した。国という土地には農民を初めとして様々な人々が住んでいる。国は領主のものじゃない。国は領民のためのものじゃ。領民がどう思っているかが肝心なんじゃ。領民が早雲殿をどう思っているか、自分の目で確かめる事じゃな」

「領民がどう思っているか‥‥」

「そうじゃ。世の中の事は、そう簡単に正しいか正しくないかを決める事はできん。物の見方は様々じゃ。あらゆる見方ができなくてはならんぞ。お前のように将来、人の上に立つべき者は特にじゃ。物事の本質という物を見極める目をもたなくてはならん」

「物事の本質?」

「今のお前には難しいかもしれんな‥‥お前は父親の事をあまり知らんじゃろう。お前の父親が今まで何をして来たかをまず知るべきじゃ」

「はい。教えて下さい」

「わしも詳しい事は知らんが知っている事だけを話そう。早雲殿と小太郎殿は幼なじみじゃった。若い頃、一緒に国を飛び出したそうじゃ。二人は京都まで来て、そこで別れた。小太郎殿は旅を続け、山伏となった。早雲殿は京都の親戚のもとに身を寄せ、やがて、将軍様に仕える事となったらしい」

「父上が将軍様に?」

 菊寿丸も京の都に将軍様という偉いお人がいるという事は知っていた。父親がその将軍様に仕えていたなんて信じられなかった。

「そうじゃ。仕えておられたんじゃ。その頃、京の都は応仁の乱と呼ばれる戦(いくさ)が続いて、都はほとんど焼けてしまったという。京都で始まった戦は地方に飛火し、あちこちで戦が始まった。そして、今も続いている。応仁の乱を経験した早雲殿は武士という者が嫌になり、頭を丸めて旅に出た。各地を旅した末に関東の地に来て、甥の今川治部大輔(じぶだゆう、氏親)殿を助けて興国寺城主となった。お前はそこで生まれた。興国寺城主となった早雲殿は領民のための国作りを始めた。早雲殿は武士たちが戦を続けているため、庶民が苦しんでいる事を充分に知っていた。早雲殿は自分の領内に住む者たちだけは苦しめたくはないと思い、年貢を減らしたり、直接、領民たちから苦情を聞いて、新しい国作りを始めた。早雲殿の新しいやり方は甥の今川治部大輔殿にも受け継がれ、今川領内の領民たちも喜んだ。その頃、伊豆の国には堀越公方(ほりごえくぼう)様という京の将軍様の弟にあたるお人がおられた。公方様は関東の地をまとめるために下向して来られたが、関東の武士をまとめるどころか、伊豆の国内をまとめる事もできなかった。公方様は領民の事など考えず、戦をするために領民から絞れるだけの年貢をしぼり取った。また、そんな公方様に反発する者も現れ、伊豆の国は乱れに乱れて行った。公方様が亡くなると、その子供たちは家督争いを始めて、さらに国は乱れた。伊豆の百姓の中には早雲殿の噂を聞いて、早雲殿の領内に逃げて来る者も多かった。早雲殿は何とかしなければと思い、小太郎殿に伊豆国内の情報を集めさせ、充分な準備をした上で、伊豆に攻め入り、公方様を倒して伊豆の国を平定したんじゃ。年貢を減らしたために領民たちは勿論喜んだ。しかし、武士たちの中には早雲殿に反発する者も多かった。早雲殿はじっくりと時間をかけて、武士たちをまとめて行き、伊豆に新しい国を作ったんじゃ。伊豆の領主となった早雲殿は自然、関東の戦に巻き込まれて行く事となった。関東に出陣するたびに、早雲殿の目に移るのは苦しんでいる民衆たちじゃ。早雲殿は小太郎殿と協力しながら、相模の国の領民たちも助けようとして相模に進出し、小田原城を乗っ取ったんじゃよ。早雲殿と小太郎殿は関東に新しい国を作ろうとしているんじゃ」

「父上が新しい国を‥‥」菊寿丸は目を輝かせて、風雷坊を見ていた。父親がそんな凄い事をしていたなんて思ってもいなかった。

「そうじゃ」と風雷坊はうなづいた。「今までの国は武士が中心の国じゃった。早雲殿の考える国は領民が中心となる国じゃ。戦のない平和な国を作るために早雲殿は今の世の中と戦っているんじゃ。お前は、そんな父親の志しを継がなければならんのじゃよ。お前がどうして箱根権現に入れられたのか分かるか」

「俺を坊主にするためでしょ。本当は武士になりたいのに」

「どうして坊主にしようとしたか分かるか」

 菊寿丸は首を振った。

「箱根権現はのう。武士と同じように多くの領地を持って、僧侶だけでなく僧兵や山伏を抱え、武力を持っているんじゃ。多くの職人や商人たちをも支配している。早雲殿が相模の国を支配下にしても、箱根権現を支配しない事には完全とはいえんのじゃよ。職人や商人というのは座という組織を作って活動している。その座を支配しているのが箱根権現なんじゃよ。新しい国を作ろうとしている早雲殿にとって、その座というものが邪魔なんじゃ。座というものをなくし、職人や商人が自由に活動できるような国を作らなければならんのじゃよ。そこで、早雲殿はお前を箱根権現に入れて、箱根権現を乗っ取ろうと考えたんじゃよ」

「えっ、箱根権現を乗っ取る」

「そうじゃ。お前が箱根権現の別当となり、座というものを解体し、箱根権現の武力も解体するんじゃ」

「俺が別当になるんですか」

「そうじゃ」

「そんな事できません」

「できんじゃない。早雲殿の息子としてやらなければならんのじゃ」

「そんな‥‥」

「すでに、箱根権現に入って六年近く経つ。どうじゃ、内情は?」

「内情?」

「お前の目から見て正しいと思うか。乱れているとは思わんか」

「乱れています。山伏たちは毎晩、飲んだくれています。それに、稚児と称して女たちが随分と入り込んでいます」

「そういうのを放っておいていいのか」

「俺には関係ないですから」

「お前が別当だとしたら放っておくか」

「いいえ」

「うむ。今の世の中は悪い事が当然の事のようにはびこっている。それらを見て見ぬ振りをしてはならん。世の中を良くするためには、正しいと思った事を実行に移す勇気を持たなければならんぞ。正しい事をすれば必ず、敵を作る事になるが、そんな事に負けてはならん。お前のやる事は常に父親に見られていると思え。別当になるため、何をやったらいいのか、よく考えて行動する事じゃ」

「正しいと思ったら何をやってもいいんですか」

「いや、そうとも限らん。回りの事もよく考えなければならん。お前が正しいと思ってやっても、その事で、お前を恨む者も出て来る事もある。なるべく敵は作らん方がいいからのう」

「そうか‥‥」

「新しい国作りをする前に、新しい箱根権現を作ってみろ。別当になったつもりでな」

 菊寿丸はしばらく考えてから、「うん」とうなづいた。「やってみる‥‥一つ、聞きたい事があったんだ」

「なんじゃ」

「僧正様は父上が小田原を乗っ取るために、誰かを暗殺したと言ったけど、あれは本当なんですか」

「暗殺? そんな事を言ったのか、そんなの嘘じゃ。僧正の親父、寄栖庵は七十七歳で亡くなったが暗殺なんかじゃない。いい年をして若い女子に夢中になったあげくに頭に血が昇り過ぎて亡くなったんじゃ」

「それと、扇谷何とかを殺したとか‥‥」

「おお、扇谷の修理大夫か、あれは確かに暗殺の疑いがある。しかし、早雲殿とは関係ない。修理大夫は昔、太田道灌(どうかん)という武将を暗殺した事がある。それで、道灌殿の配下だった大山(おおやま)の山伏にやられたらしい。詳しい事は知らんがのう」

「父上は関係なかったんですね」

「ああ、関係ない」

「よかった」と菊寿丸はホッとして笑った。

「あの僧正はお前の父親を恨んでいる。勿論、早雲殿はその事を知っている。お前が僧正に負ける事はあるまいと信じているから、お前をあそこに入れたんじゃ。父親の期待を裏切るな。僧正を相手に思う存分に戦ってみろ。わしらも陰ながら見守っているからな」

「はい‥‥」

「さて、そろそろ戻るか」

 風雷坊は焚火を消すと、「走るぞ」と言って走り出した。

 菊寿丸は風雷坊の後を必死になって追いかけた。

 

 

 

 箱根権現に戻った菊寿丸はしばらくの間、人が変わったかのようにおとなしかった。牛王丸、金時丸、鶴若丸が山伏を相手に喧嘩しようと誘いをかけても、もうつまらん喧嘩はやめたと言って取り合わなかった。

 菊寿丸は一月の間、改めて、権現内の状況を調べていた。年貢米を横流ししている僧侶、箱根権現に奉納された数々の財宝を盗んでは売りさばいている僧侶、勧進(かんじん)と称して村々を荒らし回っている聖(ひじり)、修行もせずに僧院に寄生して、争い事が起こると必ず顔を出す山伏、戦が起こると必ず出掛けて行くが、信念があって戦をするのではなく、どさくさに紛れての略奪が目的の僧兵など、思っていたより多くの悪僧がはびこっていた。

 山内の様子を調べあげた菊寿丸は、久し振りに仲間を集めて行動を開始した。まず、手始めとしてやる事は稚児に扮して、山内にいる女を追い出す事だった。

 その年は異常気象だった。冬にはまったく雪が降らず、夏になって富士山に大雪が降った。夏だというのに、冬物を着て震えている有り様だった。作物は全滅し、飢饉(ききん)となって、多数の餓死者が出た。餓死者を救うべき領主である武士たちは相変わらず、戦に明け暮れ、飢饉をさらに悪化させていた。

 箱根権現でも度々、天候の回復と五穀豊饒を祈って祈祷(きとう)を行なったが、一向に効き目は現れなかった。効き目がないからといって、やめるわけにはいかない。九月の末に一山挙げての盛大な祈祷が行なわれた。その祈祷の最中、菊寿丸は稚児たちに命じて、僧侶たちが囲っている女たちを集めると境内から連れ出した。稚児に化けていた女は二十人近くもいた。皆、十五歳前後の娘たちだった。武器を手にした大勢の稚児に囲まれて、顔は青ざめ、体は震えていた。

「どうするんだ」と鶴若丸が菊寿丸に聞いた。

「裸にして追い出そうぜ」と牛王丸が言った。

「そいつはおもしれえ」と金時丸も賛成した。

 菊寿丸は娘たちを見回した。

 皆、可愛い顔をした娘たちだった。皆、俯いて小さくなっていたが、一人だけ、じっと菊寿丸を見つめている娘がいた。

 菊寿丸もその娘を見つめた。何となく変な気分だった。七歳の時、ここに入れられた菊寿丸は同じ年頃の娘を知らなかった。菊寿丸は娘の視線から目をそらして、「やめよう」と言った。

「こいつらは好き好んで稚児に化けたわけじゃないだろう。悪いのはこいつらにこんな格好をさせて囲っていた奴らだ。こいつらに罪はない」

 菊寿丸はまた、自分を見つめている娘を見た。ホッとしているようだった。

「出て行け。二度と来るな。今度、見かけたら裸にして芦ノ湖に放り投げてやる」

 娘たちは逃げるように参道を去って行った。菊寿丸を見つめていた娘は去る前に一度、振り返り、菊寿丸に頭を下げて消えて行った。

 女たちが消えた事によって騒ぎが起こるかと思ったが、何の騒ぎも起こらず、女を囲っていた僧侶たちは自分の罪を隠すため泣寝入りしたようだった。

 その後、菊寿丸は次々に悪僧たちを追放して行った。しかし、所詮はまだ子供だった。何度も戦の経験のある僧兵や山伏たちを相手に戦うのは無理だった。菊寿丸は改めて武術の修行に励んだ。当然、菊寿丸だけでなく、仲間たち全員がやる気を出して修行を積んだ。

 三年の月日が流れ、菊寿丸は十五歳になった。その頃になると菊寿丸の率いる稚児たちは荒くれの僧兵や山伏たちにも一目を置かれ、菊寿丸のやる事を支持する者も多くなって来た。悪僧たちは居心地か悪くなり、自らお山を去って行った。

 菊寿丸を快く思っていない海実僧正も菊寿丸のやっている事を褒めないわけにはいかなかった。箱根権現の別当としてやらなければならない事なのに、しょうがないと諦めていた事を菊寿丸は子供ながらも立派にやっていた。菊寿丸の父親、早雲は憎いが、その子供の菊寿丸には何の罪もない。菊寿丸を仇(かたき)のように憎んでいた自分が大人気ない事をしていたと反省していた。僧正は自分の跡を継ぐべき者は菊寿丸をおいて他にないと考えを改めていた。

 智行院の海順と法妙坊は相変わらず、菊寿丸の命を狙っていたが、菊寿丸を陰で守っている風摩党のために配下の者を何人も失っていた。また、海実僧正の気持ちが変わって来たため、箱根権現内では手を出す事はできなかった。

 菊寿丸は僧正、海順、法妙坊の気持ちなど関係なく、自分が正しいと思った事を実行して行った。ただ、いつも行動を共にしていた鶴若丸と金時丸の二人がお山を去って行ったのは寂しかった。

 二人ともお山で修行を積んで、将来はそれぞれの菩提寺の住職になるはずだったが、戦で父や兄が亡くなり、急遽、武士として生きなければならなくなったのだった。さらに、牛王丸は正式な僧侶となるため出家してしまった。もう、一緒に暴れる事はできなかった。

 菊寿丸も出家しなければならない年になっていたのに、父親からは何も言っては来なかった。菊寿丸は最年長の稚児として、若い稚児たちを引き連れて、お山の不正を正すために戦っていた。

 桜の花が満開に咲き誇る頃、菊寿丸は海実僧正に呼ばれた。

 僧正の部屋に行くと父親の早雲と愛洲太郎左衛門がいた。二人共、山伏の格好をしていた。久し振りに見る父親はやけに老けてしまったように思えた。

「菊、話は聞いたぞ。色々な事をやったようじゃな」と父親はニコニコしていた。

「はい」と菊寿丸はうなづいた。

「お前も十五になった。普通なら元服(げんぶく)する年じゃ」

「出家するのですね」

 父親は首を振った。

「お前はわしの四男じゃ。長男の新九郎、次男の新六郎、三男の新三郎、皆、武士として育てた。お前には出家してもらい、ここの別当になってもらうつもりじゃった。別当になるためには京都の寺に入って修行を積まねばならん。わしはお前が十五になったら京都に送るつもりでいた。しかし、お前はここでとんでもない事をやった。京都の寺に送るより、もう少し、お前に好きな事をさせてみようと思ったんじゃ。お前はもう自分の事は自分で決められるはずじゃ。七歳のお前をここに入れたのはわしの考えじゃった。お前がこれから、どう生きて行くのか、お前自身に考えてもらおうと思っている。お前が自分で考えて、このお山の別当になりたいと思えば、京都に行って修行に励めばいい。他に何かやりたい事があったら、それをすればいい。今、何かやりたいと思っている事があるか」

「急に言われても‥‥」と菊寿丸は戸惑った。

 父親はうなづいた。

「急に決めなくてもいい。しばらく、旅をして来い」

「えっ!」

「わしは若い頃、旅ばかりしていた。旅をして色々な人と出会って、色々な事を学んだ。自分の生きるべき道も旅をして学んだんじゃ。お前も旅をして、自分がやるべき道を捜せ。愛洲太郎左衛門を覚えているな。太郎と一緒に旅に出ろ」

「はあ‥‥」

「ついでに武芸も習え。太郎は今、この世で一番強い男じゃ」

「はい」

「菊寿丸」と海実僧正が呼んだ。「わしはお前に別当職を継いでもらいたいと思っている」

「俺に?」

「そうじゃ。お前がこのお山に帰って来るまで待っているぞ」

「僧正様‥‥」

 菊寿丸は初めて、僧正のそんな優しい声を聞いた。自分を憎んでいると思っていた僧正が自分のして来た事を認めてくれたと思うと胸が急に熱くなって来た。

「待ってるぞ」と僧正はもう一度言った。

 菊寿丸は大きくうなづいた。

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