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摩利支天の風~若き日の北条幻庵

小田原北条家の長老と呼ばれた北条幻庵の若き日の物語です。

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7.風摩党1

7.風摩党1

 

 

 韮山城に帰った菊寿丸は父親から鞍作りの極意を授かり、年が明けると韮山にやって来た愛洲太郎左衛門に連れられて、また、箱根の山に向かった。

「今度こそ、箱根権現の別当になるのですか」と菊寿丸は聞いた。

 太郎左衛門は菊寿丸の顔を見つめて、「なりたいのか」と聞いた。

 菊寿丸は首を振り、「もう少し考えたいと思っています」と答えた。

 太郎左衛門はうなづいた。「早雲殿もお前の好きにさせてやれと言っていた。早雲殿が元気なうちは好きにしていい。だが、早雲殿の具合が悪くなったら箱根権現の別当になってやる事じゃ」

「はい。それで、今度はどこに行くのですか」

「わしの家じゃ。わしの家でのんびりするがいい」

「のんびりですか‥‥」と菊寿丸は意外そうな顔をして太郎左衛門の横顔を見つめた。

 太郎左衛門の家は山の中の小さな村の中にあった。敷地は広かったが、そこらにある農家とまったく同じだった。

「静かで、いい所じゃ」と太郎左衛門は笑った。

 こんな所に住んでいるなんて、もう隠居してしまったのだろうかと菊寿丸は思った。

 太郎左衛門の家には妻の楓(かえで)と十四歳になる娘の桔梗(ききょう)、九歳になる男の子、万太郎がいた。妻の楓は太郎左衛門よりも二十歳以上も若く、四番めの妻だという。三人の妻はすでに亡く、三番めの妻との間に生まれた娘は、二代目風摩小太郎の妻になっていた。

 菊寿丸は桔梗に離れに案内された。

「ここに好きなだけ、いてくれってお父様が言っていました」

「ここは使っていないのか」

「ええ、今は。でも、あたしが生まれる前、兄上様がここで暮らしていたらしいです」

「兄上様?」

 桔梗はうなづいた。「小太郎様よ。風摩小太郎様」

「成程、師匠のもとで修行していたのか‥‥」

「そうみたい。あなたもここで修行するの」

「さあ、どうなんだろう」

「あなたはお屋形様の息子さんなんでしょ。韮山のお城下から来たの」

「そうだが」

「ねえ、お城下ってどんなとこ」桔梗は興味深そうな大きな目をして菊寿丸を見た。

「どんなとこって言われてもな」

「あたし、生まれてから一度もこの村から出た事ないの」

「そうだったのか。韮山の城下はここと比べたら、人も大勢いて、家もいっぱい建ち並んでいて賑やかな所だよ」

「そう‥‥ねえ、菊寿丸様、韮山に帰る時、あたしを連れてって」

「それは構わんが」

「約束よ。絶対に連れてってね」

 桔梗は母親似の可愛い娘だった。可愛いけれど、十九歳になった菊寿丸にとって、十四歳の彼女は幼なすぎた。


 菊寿丸は桔梗に案内されて、村の中を見て回った。太郎左衛門に案内しろと言われたという。こんな村を見てどうなるのだろうと思いながらも、別にする事もないので桔梗に連れられて村の中を歩いた。

「ここは何という村だ」

「風ケ谷村よ」

「風ケ谷村か‥‥ここは風の通り道なのか」

「そうみたい。色んな風が通るわ」

「色んな風?」

「そう。色んな風が色んな所から色んな所へ吹いて行くの。でも、吹いて行ったきり帰って来ない風もあるの」

 菊寿丸には桔梗が何を言っているのか分からなかった。娘っ子の考えている事は分からんと、あえて聞こうとは思わなかった。

 箱根山中と小田原を結ぶ細い道に沿って、同じような作りの農家が畑の中にポツンポツンと建っている。村の鎮守(ちんじゅ)の稲荷(いなり)神社と小さな山寺があり、村の中央辺りに名主(なぬし)らしい屋敷があった。特に珍しい物などない、ただの山村だった。畑で働いている者も行き交う者も人のよさそうな田舎者ばかりだった。

「師匠はどうして、こんな村に来たんだろう」と菊寿丸は村の入り口に立つ道祖神(どうそじん)の前に立って、独りごとのようにつぶやいた。

「知らない」と桔梗は答えた。

「桔梗ちゃんは、ここで生まれたのか」

「そうよ」

「という事は少なくとも十四年はここに住んでいるという事だな」

「そうね」

「おかしいな」

「何が」

「師匠はそんな前から隠居していたわけじゃないだろう。それなのに、どうしてこんな所に住むんだ」

「あたしなんかに分からない」

「そうだよな‥‥さて、帰るか」

 菊寿丸は何げなく道祖神を見た。どこにでもある石造りの道祖神だと思っていたのに何となく違う。よく見ると猪(いのしし)に乗った三面八臂(はっぴ)の仏像が彫ってあった。

「これは摩利支天じゃないのか」

「そうよ」と桔梗は言って、摩利支天の前に座り込んで両手を合わせた。

「この村の守り本尊なの。何でもお願いをかなえてくれるって、お父様が言ってたわ」

「へえ、お願いをね。桔梗ちゃんは今、何をお願いしたんだ」

「内緒」と桔梗は笑った。

 菊寿丸は摩利支天像を見つめ、風ケ谷村という名前からして風摩と関係あるのではないかと考えていた。菊寿丸は改めて村の方を眺めてみたが、どう見ても普通の村だった。

「おかしいな」と菊寿丸は首を傾げた。

「どうしたの。菊寿丸様もお願いすれば? きっとかなうわよ」

「また、今度な」

「あたしが何をお願いしたと思う」

「さあ‥‥」

「当ててみて」

「欲しい物が手に入るようにってお願いしたのかい」

「ちょっと違うみたい」

 菊寿丸は来た道を戻った。

 名主の屋敷の前まで来た時、桔梗は急に菊寿丸の手を引いて名主の屋敷の門をくぐった。庭では小さな子供が三人、お婆さんと一緒に遊んでいた。

「ここに何か用なのか」と聞いても桔梗は首を振って答えず、ただ、菊寿丸の手を引っ張って屋敷の中に入って行った。

 薄暗い屋敷の中には女がいた。竈(かまど)の所で何かを煮ていた。

「桔梗ちゃん、いらっしゃい。上で待ってるわよ」と女は言った。

「お邪魔します」と言うと桔梗は板の間に上がり込んだ。

 菊寿丸は女に軽く頭を下げて、桔梗に引っ張られるまま奥の部屋へと向かった。奥の部屋には誰もいなかった。誰かが待っていると女は言ったのに誰もいなかった。

 菊寿丸が首を傾げていると、桔梗は壁に向かって何かをやっていた。壁が開いて階段が見えた。桔梗は菊寿丸を引っ張り込むと壁をしめた。中は真っ暗になったが、上からの光でかすかに階段が見えた。桔梗はさっさと階段を上がって行った。菊寿丸も後を追う。階段の上には隠し部屋があった。

 部屋の中は以外と明るく、太郎左衛門と見知らぬ男が二人いた。

「村の様子はどうじゃった」と太郎左衛門が聞いた。

「いえ、別に‥‥」と菊寿丸は答えた。

「そうか、ちょっと見ただけじゃ分かるまいのう」

「でも、何度も、おかしいって言っていました」と桔梗が言った。

「この村に何があるのです。それにこの部屋は何です」

「まず、お前に紹介する人がいる」

 そう言って太郎左衛門が紹介したのは、風摩小太郎と風摩竜太郎だった。

「ここは小太郎の家じゃ。そして、この村全体が風摩砦じゃ」

「風摩砦? あの武術道場が風摩砦ではなかったのですか」

「あれは表の顔じゃ。あの風摩砦はあそこで修行した者なら誰でも知っている。だが、この砦を知っているのは風摩党の者だけじゃ」

「ここが本当の風摩砦だったのですか‥‥という事はここに住んでいる者は皆、風摩党なのですか」

「という事になるのう」

 小太郎も竜太郎も三十半ばで、見るからに武芸の達人といった感じだった。

 小太郎は二代目で、菊寿丸の知っていた小太郎の次男。竜太郎は菊寿丸が幼い頃、韮山のお屋形で会った髭だらけの山伏、栄意坊の長男だった。小太郎の妻は愛洲太郎左衛門の娘で、竜太郎の妻は小太郎の妹だった。二人は義兄弟であり、太郎左衛門は二人の父親のようなものだった。

「お前は今まで、ひたすら修行に励んで来た。そろそろ、その修行を実践する頃じゃ。しばらく、ここでやってみんか」

「何をするのですか」

「お前の好きな陰の術を使って、情報を集めたり、戦の時には奇襲攻撃もする。まあ、色々な事をしておるわ。まず、一番大事な事は、今の状況を把握する事じゃ。伊勢家が今、どんな状況にいるかをな」

 小太郎の屋敷を後にした菊寿丸は太郎左衛門に連れられて村中を見て回った。

 武術道場の風摩砦で修行を積んだ者たちはここに来て、さらに専門的な技術を身に付ける。それぞれが様々な職に就いて、それが普段の姿となった。農民になった者は普段は普通の農民として暮らし、轆轤師(ろくろし)となった者は轆轤師として、鍛冶師(かじし)となった者は鍛冶師として暮らす。その他、この村にはあらゆる職人がいた。ここで修行を積み、一人前となった者はその職人のまま、命じられた場所に潜入して、そこに住み、情報集めをする。職人の他にも山寺には僧侶や山伏になるために修行している者がいるし、稲荷神社には神主(かんぬし)や巫女(みこ)の修行している者もいる。医師の修行をしている者や連歌師、茶の湯者、浪人や乞食になっているものまでいる。さらに商人になるため、夢恵尼の経営する『小野屋』で修行している者もいる。彼らはその場だけで何かに化けるのではなく、その者に完全に成り切る事が肝心だった。

 女たちは尼寺に入って尼僧になったり、旅芸人になったり、遊女や侍女、あるいは敵の武将の妻や側室(そくしつ)になる事もあった。遊女になる者は実際に各地の遊女屋で働き、侍女になる者は実際に伊勢家の重臣の屋敷で侍女として働く。敵将の妻や側室になる者は重臣たちの養女となって、生れつきのお姫様になるよう徹底的に躾けられた。すでに、何人もの風摩党の者が敵の城下に潜入しているとの事だった。

 垪和又次郎が医師になるために一峰斎という医師のもとで修行していた。別れてから一ケ月程しか経っていないのに又次郎は変わっていた。箱根の砦にいた時は武士という顔付きだったが、角か取れたというか優しい顔になっていた。

 又次郎は嬉しそうに、おひさとうまく行っていると話した。おひさは今、琴の師匠になるために韮山城下で稽古に励んでいるという。

「ゆくゆくは一緒になるのか」と菊寿丸が聞くと、又次郎は嬉しそうにうなづいた。

「おひさと一緒に町医者をやるんだ」

「それはいいかもしれない」と菊寿丸は笑った。

「おかよちゃんだけど、芸人になって、今、旅に出てるよ」と又次郎は言った。

「おかよは旅芸人になったのか‥‥」別れた時のおかよの顔とおかよが吹いた笛の音が思い出された。

「今、どこにいるんだ」と菊寿丸は聞いた。

「二、三日前だよ、旅に出たのは。去年一年間はここで踊りの稽古とかしていたらしい」

「おかよもここにいたのか‥‥会いたかった」

「お前が作った横笛を大切にしてたよ」

「そうか‥‥」

「おさわって娘、覚えてるか」と又次郎は話題を変えた。

 菊寿丸はうなづいた。「小四郎と半次郎の奴がふられた娘だろ」

「そうだ。今、おさわは新井城にいるよ。三浦弾正の側室としてな」

「なに、おさわが側室になったのか」菊寿丸は驚いた。「一番人気だったからな」と言ってみたが、納得はできなかった。

「美人というのも可哀想だ。敵の武将の側室になるとは‥‥」又次郎は首を振った。

「おさわとうまくやっていた石井孫七郎はどうしたんだ」と菊寿丸は聞いた。

「さあ、分からない。おさわは砦を下りたらすぐに側室になるため、重臣の屋敷に入ったらしい。多分、孫七郎には会う事もなく、新井城に送られたんじゃないのか」

「そうか‥‥可哀想だな」

「おごうはそこの稲荷神社に入って巫女になってるよ」

「へえ、おごうが巫女さんか。助三郎がおあきにふられた後、おごうを追いかけていたな」

「お前とも何かあったらしいな」

「俺と?」

「隠すなよ」

 確かに、菊寿丸はおごうを抱いていた。おごうから誘われ、断ろうとしたが断り切れなかった。助三郎に悪い事をしたと後で悔やんだが、おごうはその後、何も言って来なかったので助かっていた。

「どうして、知ってるんだ」

「おごうとおひさは仲がよかったんだ。おごうは最初からお前の事が好きだったんだよ。でも、お前はお屋形様の息子、一緒になる事はかなわない。せめて、一度でもいいから一緒になりたいと願っていたんだ」

「そうだったのか‥‥俺もおごうの事は嫌いじゃなかった。しかし、助三郎の奴が真剣だったからな‥‥ちょっと待てよ。どうして、おごうが俺の正体を知ってるんだ」

「分からん。分からんが、おひさも知っていた。俺はおひさから聞いて初めて知ったんだよ」

「俺の正体を知っていたのは彦五郎だけだったはずだ。奴がしゃべったとは思えん」

「女たちはみんな、知っていたようだぞ」

「‥‥まあ、ばれたものはしょうがない。助三郎の奴はどうしてる」

「分からん。砦で別れて以来、会っていない。風摩党の組織は思っていたより、かなり大きい。孫三郎もどこに行ったのか分からん。どこかで何かの修行をしてるとは思うが‥‥」

「そうか‥‥」

「ところで、『百人抜きのおしげ』だが、何になったと思う」

「遊女に決まってるだろう」

「俺もそう思っていた。しかし、おしげの奴、尼僧になったよ」

「何だって。あいつが尼僧にか、信じられん」

「誰だって信じられないさ。相変わらず、おしげに未練のある奴がいて、おしげが遊女に戻ったら、すぐにでも行こうと待っていたそうだ。尼僧になってからも、未だに言い寄る奴がいるらしいが、おしげの奴、きっぱりと男を断ったそうだ」

「へえ、何を考えてるのか、まったく分からん女子(おなご)だな」

「まったく」

 又次郎と別れた菊寿丸は太郎左衛門に連れられて尼寺にも行った。おしげは紛れもなく尼僧になっていた。菊寿丸の顔を見て、よそよそしそうに頭を下げた。その顔はまさしく仏に仕えている顔だった。

 

 

 


 今まで、伊勢家の事は父や兄に任せていた菊寿丸だったが、十九歳になり、ようやく、現実というものに真っ向から取り組まなければならなくなって来た。

 菊寿丸は太郎左衛門から、父親、早雲が今まで何をやって来たのか、改めて順を追って聞かされた。

 当時の関東の状況は複雑だった。

 本来あるべき姿は、将軍足利氏の一族である公方(くぼう)と公方を補佐する関東管領(かんれい)の上杉氏が共に鎌倉にいて、武士たちの争い事をうまく裁いて、関東を一つにまとめる事だった。

 ところが、五十年余り前、公方が管領を暗殺するという事件が起こり、それ以来、公方と管領の上杉氏は争う事となって、関東の武士は二つに分かれて争いを始めた。その争いには京都の幕府も介入し、幕府が上杉氏に味方したため、鎌倉にいた公方は鎌倉を追い出され、下総(しもうさ)の古河(こが、茨城県古河市)に落ち着き、以来、古河公方と呼ばれるようになった。

 幕府は新たな公方として将軍義政の弟を送り込んだが、鎌倉には入れず、伊豆の堀越(ほりごえ)に腰を落ち着け堀越公方と呼ばれた。関東には公方が二人もいるという、ややこしい状況となった。関東の地は利根川を挟んで東と西に分かれ、争いは続いた。そのうちに京都では応仁の乱が起こり、戦は全国的に広まって行った。

 上杉方の重臣であった太田道灌(どうかん)の活躍によって、一時、公方と管領は和睦したが、道灌が暗殺された事によって、今度は上杉氏が二つに分かれて争い始めた。管領である山内(やまのうち)上杉家と管領を補佐して来た扇谷(おうぎがやつ)上杉家であった。

 太田道灌は扇谷上杉家の重臣で、道灌の活躍によって扇谷上杉家の勢力は広がった。扇谷上杉家の当主、修理大夫(しゅりだゆう)定正は山内上杉家に代わって、自分が管領になろうとの野心を持った。道灌は反対した。修理大夫は道灌がいては自分の野心が遂げられないと道灌を暗殺してしまった。

 道灌を殺した修理大夫は古河公方と手を結び、管領の山内上杉民部大輔(みんぶだゆう)顕定(あきさだ)に対抗した。そんな時、伊豆の堀越公方が亡くなった。後を継いだ茶々丸は管領の山内上杉家に公方として担がれていたが、高い年貢ばかり絞り取って領民を苦しめた。早雲は扇谷上杉家と手を結んで、堀越公方を倒して伊豆の国を平定した。菊寿丸が生まれた明応二年(一四九三年)の事だった。

 伊豆の国を手に入れた早雲は扇谷上杉修理大夫に近づき、武蔵の国まで出陣して行った。

 明応四年には大森信濃守藤頼の小田原城を攻略して、弟の弥次郎を入れた。しかし、翌年の七月、管領の山内上杉民部大輔に小田原城を攻められ、弥次郎を初めとして重臣の大道寺太郎重時、松田太郎左衛門頼重らを失った。民部大輔の軍が引き上げると早雲はすぐに小田原城を奪い返し、長男の新九郎氏綱を城主として入れ、重臣の在竹兵衛(ありたけひょうえ)と山中才四郎に後見させた。相模の国は二つに分かれ、西は早雲の支配下となり、東は三浦道寸(どうすん)義同(よしあつ)の支配下となった。

 早雲は何としてでも三浦道寸を倒して、相模一国を支配下にしなければならなかった。三浦半島を支配している道寸は陸軍の他に強い水軍を持っていた。早雲は伊豆の水軍を持っていたが、さらに水軍を強化するため、愛洲太郎左衛門に伊勢及び紀伊から水軍を連れて来るように頼んだ。太郎左衛門は南伊勢の水軍の出身だったので、水軍の大将である弟の兵庫助(ひょうごのすけ)直忠らを軍船ごと伊豆に連れて来た。

 早雲は手に入れた相模半国を時間をかけて平定すると共に、道寸を倒すべく作戦を着実に進めていた。しかし、道寸は扇谷上杉家の重臣であり、扇谷上杉家の跡を継いだ治部少輔(じぶしょうゆう)朝良(ともよし)を助けて、山内上杉民部大輔と戦っていた早雲は、味方である道寸を攻める事はできなかった。

 永正二年(一五〇五年)の三月、山内上杉家と扇谷上杉家は和睦した。関東の合戦が一段落すると、今川家の重臣でもある早雲は、今川治部大輔氏親のために三河に出陣した。

 永正四年に越後の守護、上杉民部大輔房能(ふさよし)が守護代の長尾弾正左衛門為景(ためかげ)に殺されるという事件が起きた。越後守護の民部大輔房能は管領の民部大輔顕定(あきさだ)の弟だった。二年後の永正六年の七月、管領の民部大輔は留守を扇谷上杉治部少輔に託し、関東の大軍を率いて弟の仇(かたき)を討つため、越後に出陣した。民部大輔の留守を狙って反乱を起こしたのが、民部大輔の家臣、長尾伊玄(いげん)景春だった。伊玄は越後の長尾弾正左衛門と手を結び、両上杉氏の領地を侵略した。早雲は伊玄と手を結んで、両上杉氏に反旗を翻(ひるがえ)し、道寸を倒す決心を固めた。

 去年の永正七年六月、管領の上杉民部大輔は長尾弾正左衛門に敗れ、越後にて戦死した。今こそ、絶好の機会だと早雲は道寸を倒すべく、東相模に進攻したが、越後から引き上げて来た山内上杉兵庫頭(ひょうごのかみ)憲房(のりふさ)と扇谷上杉治部少輔の連合軍に権現山(横浜市)にて敗れてしまった。早雲はまだ時期が早すぎたかと西相模まで兵を引いた。

「今、現在の目標は三浦道寸のいる岡崎城を乗っ取る事じゃ」と太郎左衛門は言って、絵地図で場所を示した。

 岡崎城(伊勢原市)は相模の国のほぼ中央にあった。岡崎城の左側に小田原城があり、右側に鎌倉があった。鎌倉から海に飛び出た半島があり、その先端に新井城(三崎町)がある。側室になったおさわはこんな遠くに行ってしまったのかと菊寿丸は絵地図を眺めていた。

「しかし、両上杉氏を敵に回してしまった今、東相模に進攻する事は難しい」と太郎左衛門は言った。

「ここは三浦一族の城なんですか」と菊寿丸は新井城を指差しながら聞いた。

「ああ、そうじゃ。道寸の伜、弾正少弼(だんじょうしょうひつ、義意(よしおき))がいる」

「どんな男です」

「まだ若いが人望もあるし、なかなかの武将じゃな」

「若いって、いくつなんですか」

「二十五、六じゃろう。弾正がどうかしたのか」

「いえ、別に‥‥」

「そうか‥‥これからの事じゃが、風摩党としてやらなければならん事は、敵である両上杉氏を分裂させる事じゃ。そのためには古河公方を分裂させ、管領の山内上杉家を分裂させなければならん。すでに古河公方の分裂はうまく行っている。古河公方は従来通り、鎌倉に戻る事を願っているんじゃ。そのために、公方の左馬頭(さまのかみ、政氏)は上杉氏を分裂させて、お互いが勢力を弱める事を願った。太田道灌の死をきっかけに、山内上杉氏と扇谷上杉氏は争いを始めた。公方の思惑通りになったわけじゃ。二十年近くも争い続けた両上杉氏は永正二年になってようやく和睦した。堀越公方も消え、このまま関東がまとまれば、左馬頭は鎌倉に帰れるだろうと思った。しかし、公方と上杉氏が一つになってはまずいと思ったのは早雲殿じゃ。早雲殿は、ひそかに左馬頭の子、左兵衛佐(さひょうえのすけ、高基)に誘いの声をかけたんじゃ。左兵衛佐は早雲殿の誘いに乗って、鎌倉に戻るには早雲殿と手を結び、両上杉氏と戦わなければならんと考えた。勿論、左兵衛佐をそう思わせるように下準備をしたのは風摩党じゃ」

「どういう風に下準備をしたのですか」と菊寿丸は興味深そうに聞いた。

「情報を集めて分析するんじゃよ。公方様の家来の中にも派閥争いというものがあってのう、それを利用して公方家を二つに分け、そこに早雲殿が入って行ったというわけじゃ。公方家はうまく分裂した。次は管領山内上杉家じゃ。こっちの方は簡単じゃ。見ていれば自然に分裂する。管領の民部大輔(顕定)は越後で戦死したが、正式に跡継ぎを決めていなかったんじゃ。民部大輔には実子がなく、四郎(顕実)と兵庫頭(ひょうごのかみ、憲房)の二人の養子がいる。四郎は古河公方、左馬頭の弟で、明応四年に公方と管領が和睦した時、養子に入ったんじゃ。兵庫頭の方は民部大輔の従弟に当たり、それ以前に養子となっていた。山内上杉家としては公方を敵に回したくはないから、当然、四郎に管領を継がせた。兵庫頭としては面白くはない。兵庫頭をあおれば山内上杉家は分裂する。そして、兵庫頭に反乱を起こさせ、四郎を倒させれば、山内上杉家と公方も分裂する事となるんじゃ。それぞれに争わせておいて、早雲殿は三浦道寸を倒すという計画じゃ」

 菊寿丸は絵地図を眺めながら、「関東において力を持っているのは、古河公方と管領の山内上杉氏と扇谷上杉氏の三つという事ですか」と聞いた。

「そうじゃ。公方は古河にいる。管領の山内上杉四郎は鉢形(はちがた)城(埼玉県寄居町)にいる。扇谷上杉氏は隠居した建芳(けんぽう、朝良)が江戸城にいて、当主となった修理大夫(朝興)は河越城にいる」

 太郎左衛門はそれぞれを指差した。

「公方の伜、左兵衛佐は今、関宿(せきやど)城(千葉県関宿町)にいる。そして、管領の四郎と対立している兵庫頭は平井城(群馬県藤岡市)にいる、ここじゃ」

 菊寿丸は太郎左衛門と共に旅をした時、平井の城下、古河の城下、江戸の城下は行った事があった。あの時の事を思い出しながら絵地図を眺めていた。

「口で言っただけでは分かるまい。風雷坊が明日、平井まで行く事になっている。一緒に行って自分の目で確かめて来い」

「はい‥‥」

 菊寿丸は風摩党が実際にどんな事をやっているのか、見てみたいと思った。

 

 

 


 久し振りに風雷坊と会った。

「大分、修行を積んだと見えるな」と風雷坊は菊寿丸を見ながら笑った。

 菊寿丸は風雷坊の態度から、改めて風雷坊の強さを感じていた。かなり修行を積んだつもりだったのに、まだまだ、風雷坊にはかなわないと思った。

「いよいよ本番じゃな。お前が箱根権現でやった事を今度は関東という広い舞台で実行するんじゃ」

「俺がですか」

「そうじゃ。お前がじゃ」

「俺は風摩党の一員になったのですか」

「今の所はお前も一員じゃな。お前は風摩党というものをすべて知らなければならない」

「知った後はどうなるのです」

「愛洲殿から聞いておらんのか」と風雷坊は怪訝な顔をした。

「何も聞いてません」と菊寿丸は首を振った。

「そうか‥‥はっきりした事はわしにも分からんが、お屋形様(早雲)はお前を伊勢家と風摩党をつなげる橋の役割をしてもらうつもりじゃと思う。初代風摩小太郎殿とお屋形様はお互いに気心の知れた仲じゃった。早雲殿が知りたいと思っている事を小太郎殿は風摩党を使って探り出していた。二人がいる間は伊勢家と風摩党は一体じゃった。だが、小太郎殿が亡くなって、お屋形様ももう八十歳におなりじゃ。はっきり言って、先はそう長くはあるまい。お屋形様がお亡くなりになると、風摩党も伊勢家も共に二代目の時代となる。お屋形様の跡を継ぐ新九郎殿と二代目小太郎殿は面識はあるが、気心の知れた仲とは言えない。そこで二人の橋渡しとしての役割をお前がやる事になるんじゃ。橋渡しをするからには、両方の事を知らなければならない。伊勢家の事は表の事だから分かり易い。風摩党の事は裏に隠れているから風摩党の中に入らなけりゃ分からん。そこでお前は風摩党に入れられたんじゃろうな」

「風摩党のすべてを知るというのが、俺のするべき事なのですか」

「まあな。しかし、すへてを知るのは難しいぞ。まず、風摩党の一員として何かをやる事じゃ。箱根権現の時のようにな。何かをすれば、自然に風摩党というものが見えて来るじゃろう」

 山伏姿になった菊寿丸は風雷坊に連れられて小田原城に行き、兄の新九郎(氏綱)と久し振りに会った。すでに、兄は妻をもらって、二歳になる女の子までいた。家臣たちからお屋形様と呼ばれ、きびきびと命令を下している兄は小田原城主としての貫禄があった。

 小田原城下を後にして、北上すると二番目の兄、新六郎(氏時)が守っている鴨沢の砦(中井町)があった。鴨沢砦は伊勢氏の前線基地だった。

 新六郎は懐かしそうに菊寿丸を迎え、去年の暮れ、この辺りで行なわれた合戦について自慢げに話してくれた。

 去年の十二月、扇谷上杉建芳と三浦道寸の大軍が鴨沢砦を攻めて来たが、小田原からの後詰(ごづめ)もあって、敵を見事に追い散らしていた。大将として出陣した新六郎も、その合戦で活躍し、敵の兜首(かぶとくび)を取っていた。

 菊寿丸には四歳年上の兄の存在が眩しく感じられ、自分も早く戦で活躍したいと思った。

 鴨沢砦から東は扇谷上杉氏の重臣、三浦道寸の支配下となる敵国だった。風雷坊と菊寿丸は街道を通らず山中を通り抜け、道寸の本拠地、岡崎城へと向かった。

 岡崎城下には霞亭善海(かすみていぜんかい)という茶の湯者が風摩党の一員として住み着いているという。道寸は太田道灌の娘婿であり、道灌が生存中、道灌の影響を受けて、和歌や連歌、茶の湯に熱中していた。風摩党はさっそく善海を送り込んだ。驚くべき事に十六年も前の事だという。善海に続いて連歌師宗誉(そうよ)が入り、商人や職人らが次々に潜入して行った。

 善海も宗誉も勿論、本物である。善海は侘(わ)び茶の開祖として有名な村田珠光(じゅこう)の弟子、粟田口善法(あわたぐちぜんぽう)に師事し、宗誉は柴屋軒(さいおくけん)宗長の弟子だった。

 菊寿丸と風雷坊は城下にある箱根権現の宿坊(しゅくぼう)に落ち着いた。箱根権現の山伏は信者たちを集めるために相模の国中に散らばり、各地に拠点となる宿坊があった。箱根権現の山伏である風雷坊はそれらの拠点を利用して各地の情報を集めていた。

 宿坊に入ると菊寿丸は善海に会いに行こうと風雷坊に言ったが、それは駄目じゃと断られた。

「考えてもみろ。よそから来た山伏が城下に入ってすぐ、茶の湯者なんか訪ねるか」

「いえ、訪ねません」

「自分の事だけを考えてはいかん。わしらがここに潜入しているように、三浦の者も韮山や小田原に潜入しているんじゃ。当然、道寸はこの城下に敵が潜入している事を知っている。少しでも敵に怪しまれる行動を取ってはならんのじゃ」

「それじゃあ、善海とは連絡が取れないのですか」

「いや。ここで待っていればいい」

 風雷坊はのんきにあくびをすると横になった。宿坊の中には山伏が二人いたが、笈(おい)を背負うと出掛けて行った。

 菊寿丸も草鞋(わらじ)を脱ぐと板の間に上がった。ここに善海が来るのかと思いながら、入り口の方をぼんやりと眺めていた。やがて、山伏ではない男がやって来た。

「薬はいらんかね」と男は声を掛けて来た。

「おう、腹痛(はらいた)の薬をくれい」と風雷坊が答えた。

 荷物を背負った男は宿坊の中に入って来ると風雷坊に薬を渡して、銭を受け取ると帰って行った。

「お前も飲むか」と風雷坊は言った。

 菊寿丸は断った。

「腹の具合が今朝からおかしくてのう」と言いながら風雷坊は薬を飲み込んだ。

 菊寿丸は再び、入り口の方を眺めた。

 風雷坊は突然、「行くぞ」と言い出して草鞋をはき始めた。

「善海の所にですか」と菊寿丸も草鞋をはいたが、風雷坊は、「いや、もう、ここには用はない。旅を続ける」と言った。

 ただ腹痛の薬を買うためだけに宿坊に寄ったのか、馬鹿らしいと菊寿丸は思いながら風雷坊の後を追った。

「風摩党の者に会いたかったのに」と菊寿丸は愚痴をこぼした。

「あそこは駄目じゃ。皆、命懸けじゃからのう。ちょっとした事で怪しまれれば殺されてしまう事もあるんじゃ」

 菊寿丸は風雷坊から小さな紙切れを渡された。その紙切れには、『十分(ぶ)は井戸端へ』と書いてあった。

「何ですか、これは」

「十分は一寸(すん)で道寸の事、井戸端は新井城の事じゃ」

「道寸が今、新井城にいるという事ですか」

「去年、新井城で道寸の孫が生まれたんじゃ。初めての男の子でな。孫の顔でも見に行ったんじゃろう」

「これは、あの薬の紙切れですね」

「そうじゃ。奴も仲間じゃ」

「成程、そうだったのですか‥‥」と菊寿丸は納得した。

「善海も一緒かもしれんな。道寸は善海の茶の湯の腕に惚れ込んでいるからのう」

 菊寿丸と風雷坊は江戸城へと向かった。

 

 

 


 江戸城は扇谷上杉氏の城で、五十年程前に太田道灌が築いた城だった。道灌が殺された後、扇谷上杉氏の重臣である曽我豊後守が守っていたが、今は扇谷上杉家の家督を養子の修理大夫朝興に譲って隠居した治部少輔朝良が建芳と号して住んでいた。建芳の重臣として、太田道灌の子、六郎左衛門資康(すけやす)もいた。

 六郎左衛門は道灌が扇谷上杉修理大夫定正に暗殺された後、修理大夫に江戸城を奪われ、山内上杉氏のもとに逃げて、父の仇(かたき)を討つために修理大夫と戦っていたが、修理大夫も死に、永正二年(一五〇五年)、山内上杉氏と扇谷上杉氏が和睦した時、江戸城に戻る事ができた。実に二十年振りの復帰だった。その和睦の際、山内上杉氏に無理やり隠居させられた建芳と共に江戸城に入った六郎左衛門は建芳の監視役でもあった。

 菊寿丸が江戸城に来たのは二度めだった。前回来た時は風摩党の事など知らず、表面を見ただけだったが、今回、風雷坊から江戸城下にいる風摩党の者たちを紹介された。ここでは岡崎城下の時程、警戒する必要もなかった。建芳も敵の間者(かんじゃ)を警戒してはいても、伊豆からかなり離れているので、早雲に対しての警戒は緩かった。

 高梨孤山(こざん)という絵師と笑殺庵(しょうさつあん)という茶の湯者が、それぞれ弟子と共に城下に住み着き、般若亭(はんにゃてい)という遊女屋には遊女たちがいた。常に住んでいるわけではないが、山伏、旅商人、乞食、浪人、風鈴座(ふうりんざ)という芸能一座なども潜入している。また、城内にも太田六郎左衛門の侍女として一人、入り込んでいるという。

 風鈴座には風摩砦で一緒だったおかよがいた。あの頃は毎日、修行に明け暮れ、真っ黒な顔をしていたのに、今のおかよはすっかり女っぽくなって、舞台の上で華麗に舞っていた。

 菊寿丸は舞台が終わった後、おかよと再会を喜びあった。

「もう会えないものと思っておりました」とおかよは小声で言った。「三郎様はお屋形様の御子息ですし、あの砦の修行の後、お城の中に入ってしまうものと思っておりました。あたしと三郎様は身分が違いすぎます。もう二度と会えないものと諦めておりました。こんな所で会えるなんて‥‥」

「俺は城には入らないよ」と菊寿丸は言った。

「ほんと?」とおかよは笑ったが、すぐに首を振って「でも、やっぱり、身分が違いすぎます」と言った。

「いつ、俺の正体を知ったんだ」

「一座に入ってからです。お姉さんたちから、砦で修行している菊寿丸様はどんな人だって聞かれました。あたしには誰が菊寿丸様だか分からなかった。まさか、三郎様が菊寿丸様だったなんて思いもしませんでした。でも、お頭の小太郎様に会った時、それとなく聞いたら、荏原三郎という名で修行していると言ったんです‥‥」

 おかよは砦の時のように打ち解けてはくれなかった。菊寿丸の顔も見ないで、始終、うつむいたままだった。菊寿丸は会わなければよかったと思いながら、別人のように変わってしまったおかよと別れた。

 その晩、菊寿丸は般若亭で酒を飲みながら、おかよの事を風雷坊に語った。

「当然じゃろうな。それが現実というものじゃ。おかよの気持ちを分かってやる事じゃ」

「おかよの気持ち?」

「おかよは風摩党という組織の一員じゃ。風摩党はお前の親父殿に仕えている。おかよから見れば、お前は天上人のようなものじゃ。お前の事を好きになればなる程、おかよは悩み苦しむ事となろう。おかよのためには、もう二度と姿を見せん事じゃな」

「おかよが苦しむのか‥‥」

「妻にする気があるなら別じゃがのう」

「妻なんて、まだ、考えていません」

「当然じゃ。まだ、半人前じゃからな」

 半人前と言われて菊寿丸は腹を立てたが、相手が風雷坊では怒るわけにはいかなかった。やがて、目当ての遊女が現れた。

「別嬪(べっぴん)じゃから忙しいとみえるのう」と風雷坊は遊女を迎えた。

「そんな事ないですよ」と遊女は笑いながら手を振った。「今日はたまたま、上方(かみがた)から船が着いたんですよ」

「ほう、上方から何を積んで来たんじゃ」

「色々あるらしいけど、やはり、武器が多いみたい」

「あれ、おあきじゃないのか」と菊寿丸は遊女の顔を見つめた。

「お久し振りです、三郎様」と遊女は頭を下げた。「ここでは羽衣(はごろも)と呼ばれております」

「遊女になったのか」

「いいえ。もともと遊女なのです。ここの女将さんに認められて、あそこに入ったのです」

「意味がよく分からんが‥‥」

「女将さんは風摩党の一員なの。あたしにこのお店を任せようとして、あたしに修行させて風摩党の一員にさせたの」

「つまりじゃな」と風雷坊が言った。「この遊女屋の女将は風摩党なんじゃよ。遊女たちを使って情報を集めているんじゃ。羽衣はここの女将に認められて、この店を継ぐために砦で修行を積み、風摩党の一員になって戻って来たというわけじゃ」

「遊女みんなが風摩党じゃないんですか」

「あたしと女将さんだけよ」

「全員が風摩党じゃなくてもいいんじゃよ。女将一人が風摩党であれば、遊女たちから情報を集める事ができるんじゃ。若い娘たちには風摩党の事は知らせない方がいい。逆にしゃべられる危険があるからのう」

「成程、そういうわけだったのか‥‥」

「遊女というのは若いうちじゃ。羽衣にしてみれば、ここの女将になれるのなら風摩党に入った方がいいじゃろう。一度、風摩党に入ったら抜ける事はできんが、ここでの仕事は危険はほとんどないからのう」

「一度、入ったら抜けられないのですか」

「そりゃそうじゃ。風摩党の秘密を知ってしまったからには抜ける事はできん。風摩党はあくまでも陰の存在じゃ。その存在を敵に知られてしまったら価値がなくなってしまう。また、敵にしゃべられたら糸をたぐるようにして風摩党は全滅してしまうからのう」

「そうか‥‥抜けられないのか‥‥」

「なに、抜けられなくても引退はできる。みんな、手に職を持っているからのう。その職のまま地道に生きて行けばいい」

「おあきは、いや、羽衣はここの女将になるのか‥‥でも、どうして遊女になったんだ」

「そんな事、聞くもんじゃないわよ。もう少し待ってて、若い娘が来るわ」

 しばらくして、瑠璃(るり)と一葉(いちよう)という若い遊女がやって来て、羽衣は部屋から出て行った。

 二人とも可愛い顔をしていたが、ちょっと頭が足りないようだった。この二人にはとても風摩砦の修行は耐えられないだろう。しかし、遊女としては一人前だった。風雷坊の言う通り、女将さえしっかりしていれば、彼女たちを使って充分に情報を探り出す事ができるだろうと思った。

 風雷坊は以外に酒が弱かった。それほど飲んでいないのに酔っ払ったと言って、瑠璃を連れて隣の部屋にしけ込んだ。

 菊寿丸は一葉に頼んで羽衣を呼んでもらった。もう少し、羽衣と話がしたい気分だった。

 羽衣はすぐにやって来て、一葉と交替した。

「あたしを呼んで下さるなんて、まるで夢みたい」羽衣は嬉しそうに笑った。

「お世辞はいいよ」

「あら、お世辞じゃないわ、本心よ。この世界では、あたしはもうお婆さんなの」

「十八でか?」

「そうよ。十六、七が盛りね。二十歳を過ぎたら、もう、ほとんど、お客さんなんて付かないわ」

「へえ。そんなもんかね」

「どうぞ」と羽衣は酌をしてくれた。「年の事だけじゃないの。たとえ、お客さんと遊女の関係でも、三郎様とこうしていられるなんて、ほんとに夢みたいな気分ですよ」

「嘘付くな。去年、砦にいた時、そんな風じゃなかったぞ」

「嘘じゃないわ。あなたに惚れてた娘はいっぱいいたんだから」

「まさか‥‥」

「本当だってば。あたしたちがあの砦に入りたての頃、三郎様はあたしたちの道場に来たでしょ」

「あの時はみっともなかった」と菊寿丸は苦笑した。今でも、あの時の事は思い出したくなかった。

「でも、あの後、みんなが三郎様の事を好きになっちゃったのよ。誰が一番先に三郎様の心を射止めるかって、毎日、話してたわ」

「信じられんな」

「本当よ。でも、ある日、三郎様がお屋形様の息子さんだって分かって、みんな、尻込みしちゃったのよ。身分が違いすぎる。とても、自分たちが三郎様と一緒になれるはずがないってね」

「どうして、俺の素性がばれたんだ」

「分からないわ。でも、最初にその話をしたのは、おうきちゃんだったと思うわ」

「おうきが‥‥すると、彦五郎の奴がしゃべったんだな。山中彦五郎じゃないか」

「そうそう、山中様から聞いたとか言ってたわ」

「あの野郎、余計な事をしゃべりやがって‥‥」

「おうきちゃんも三郎様の事、好きだったんだけど諦めたのよ」

「おうきが俺の事を‥‥」

 おうきは一番人気の娘だった。菊寿丸もいい女だと思っていた。しかし、彦五郎や孫三郎たちと一緒になって追いかけ回す気にはなれなかった。そうと知っていたら本気になったのにと菊寿丸は悔やんだ。

「おうきちゃんだけじゃないわ。おすずちゃんもおせきちゃんもあたしも三郎様の事を諦めたのよ。最後まで諦め切れなかったおごうちゃんだけが願いをかなえたのよ。おごうちゃんは今、巫女さんになってるはずよ」

「知っている。この間、会ったよ」

「おごうちゃん、喜んだでしょ」

「いや、挨拶をしただけだよ。それにしても、俺がそんなに持てていたとは知らなかった‥‥勿体ない事をしたもんだ」

「そうよ。三郎様が一声かければ、みんな、コロッといっちゃったのに誰にも声をかけないんだもの」

「最初、みんなの前で恥をかいたから、それ以上、恥をかきたくなかったんだよ」

「恥だなんて、あんな事、誰も気にしてなかったのに」

「まだまだ、俺は女子(おなご)の修行が足りんな。女子の気持ちがよく分からん」

「三郎様、おごうちゃんの他にもう一人、願いをかなえた娘がいたわ」

「おしげか? おしげは俺が好きだったわけじゃない」

「いいえ、おしげちゃんも好きだったのよ。でも、諦めたの。諦めた後、百人抜きを始めて、最後に三郎様に抱かれて成就(じょうじゅ)したのよ」

「おしげはどうして、百人抜きなんかやったんだ」

「おしげちゃんもあたしと同じように孤児なの。夢恵尼様の孤児院で育てられたわ。子供の頃から遊女になるために育てられたわ。孤児の女の子全員が遊女になったわけじゃないけど、遊女になるように育てられたので、遊女になる事は何の抵抗もなかったわ。綺麗な着物を着せられて、綺麗にお化粧をして、ご飯だってちゃんと食べられたし‥‥あたしたちはみんな、小さい頃、両親を失って、食べる物もろくに食べられなくて、焼け跡の戦場をウロウロしてたの。そして、風摩党の人たちに助けられて夢恵尼様の孤児院に入れられたの。毎日、ちゃんと食べられるだけでも嬉しかった。大きくなったら綺麗な着物を着て、男の人たちを楽しませるんだよって育てられたわ。あたしたちは世の中の事なんて何も知らないから、それが当たり前の事だと思ってたの。あたしは十二歳の時、孤児院からここに連れて来られたの。綺麗な着物を着せてもらって嬉しかった。あたしも早く一人前になって、お酒の席に出たいと思ったわ。十五歳になった時、初めてお座敷に出て、お客様にお酒を注いだの。相手はお爺さんだったわ‥‥その後の事は分かるでしょ。その日から毎日、あたしはお客様の相手をして来たわ。辛かった。でも、みんな、そうなんだと思ってたの‥‥馬鹿だったわ。お客様から色々な話を聞いて、他にも色んな生き方がある事を知ったわ。あたしはここから逃げ出そうと思った。でも、できなかった。ここを出ても、あたしにはどうやって生きて行ったらいいのか分からなかった。子供の時のように飢えてさまよいたくなかったの‥‥あたしは仕事だときっぱりと割り切る事にしたの。世間では飢饉で餓死者が何人も出ても、ここにいる限り生きて行けるわ。生きていけるだけでもいい。そう、諦めたの‥‥十七歳になった春、女将さんに突然、このお店を継がないかって言われたの。あたし、びっくりしたわ。話を聞くと、夢恵尼様が女将さんの跡を継ぐために、あたしをここに入れたんだって言ったわ。夢恵尼様の言った通り、お前が、このお店を継ぐべきだって女将さんは言ったの。そして、あたしは風摩砦に入ったの。女将さんは来年、別のお店をやるらしいわ。あたしは今、女将さんになるために色々と教わってるの‥‥」

「そうだったのか‥‥」

「あら、いやだ。おしげちゃんの話だったわよね。自分の事を話しちゃった。おしげちゃんもあたしと同じように遊女になったのよ。そして、あたしと同じように遊女屋の女将さんになるために風摩砦に行ったの。でも、あたしと違う所は、遊女から足を洗いたいって強く思っていたのね。女将さんと賭けをしたらしいの。風摩砦で百人抜きを見事にやったら、遊女から足を洗わせてやるってね。おしげちゃんもそんな事、できっこないって諦めていたのよ。風摩砦の男の修行者はだいだい六十人でしょ。武術師範や作業の師範、それに門番や賄(まかな)いの人たちも入れなければ百人にはならないわ。とても、できるわけないわ。でも、おしげちゃんは三郎様の事を諦めてから、尼さんになる決心をして、百人抜きを実行に移したの。そして、見事、やりとげたってわけ。おしげちゃんにとって、三郎様は初めて好きになった男の人だったのよ。初めて好きになった人が手の届かない人だと知って、おしげちゃんは百人抜きをやって、一生の内で最後の男の人を三郎様に決めたの‥‥みんなはおしげちゃんの事を男狂いだの、色気違いだのって言ってたけど、あたしにはおしげちゃんの気持ちがよく分かるわ‥‥」

「おしげちゃんか‥‥」

「ちょっと話し過ぎたかな。あたし、酔っ払っちゃったみたい」

「人の気持ちってものは分からないものだな。おしげちゃんがそんな風に考えていたとは」

「おしげちゃんの事ばかり言わないで。あたしだって、生まれて初めて好きになった男の人はあなたなんだから」

 菊寿丸はその晩、遊女羽衣ではなく、一人の女として、おあきを抱いた。

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